第3回 患者数ワースト1位!「ノロウイルス」の脅威と対策
食中毒の連載第3回は、年間患者数の約75%を占め、冬場に猛威を振るう「ノロウイルス」を取り上げます。なぜこれほどまでに広がりやすく、対策が難しいのか。その正体と、現場で守るべき鉄則を解説します。
1. ノロウイルスの正体:なぜ「アルコール」が効きにくいのか?
ノロウイルスは、1968年に米国オハイオ州ノーウォークで発生した急性胃腸炎患者から初めて検出され、地名にちなんで「ノーウォークウイルス」と命名されました。電子顕微鏡下で小型の球形をしていたことから、長らく「小型球形ウイルス(SRSV: small round structured virus)」と呼ばれていました。その後、遺伝子解析技術の進展により、これらのウイルスの詳細な分類が可能となり、2002年8月の国際ウイルス分類委員会(ICTV)で正式に「ノロウイルス」という名称が与えられました。これを受け、日本の食品衛生法関連法令でも2003年に呼称が統一されました。
ノロウイルスは、その構造的な特徴によって、環境中で極めて高い生存能力と感染効率を持っています。ウイルスには、インフルエンザウイルスや新型コロナウイルスのように、外側を「エンベロープ」という脂質からなる二重膜で覆われているエンベロープウイルスと、そうでないノンエンベロープウイルスがあります。エンベロープは、脂質ですのでアルコールや界面活性剤によって破壊され、ウイルスは死滅します。
一方、ノロウイルスのようなノンエンベロープウイルスは、エンベロープを持たず、タンパク質の硬い殻に覆われていることから、一般的なアルコール消毒や界面活性剤、さらには胃酸に対しても高い耐性を示します。

ノロウイルスは、感染力が非常に強く、10個から100個のウイルス粒子で感染・発症するとされています。また、ノロウイルスは遺伝的に非常に多様で、GIからGXの10の遺伝子群に分類されています。このうち、ヒトに病原性を示すのは主にGIとGIIで、GIはさらに9種類、GIIは27種類の遺伝子型が確認されていて、数年ごとに新しい変異株が出現し、繰り返し大規模な流行を引き起こします。
2. 2025年の発生状況から見えるリスク
それでは、厚生労働省が発表した2025年「食中毒統計資料」のデータからノロウイルスの実態を見ていきたいと思います。
まず患者数は、2025年は圧倒的な第1位で、食中毒患者の75%がノロウイルスとなっています。ノロウイルスの発生時期は、11月ごろから増え始めて、2月、3月にピークを迎え、6月ごろには収束しています。ノロウイルスの食中毒が多発するのは冬季ということになります。

ノロウイルスの感染経路は多様ですが、食中毒として重要なのは「3. 食品からの感染(調理者経由)」と「4. 食品からの感染(食材経由)」の食品からの感染になります。なかでも、「3」の調理スタッフを介した感染が、近年非常に多くなっています。これは、ノロウイルスに感染した調理者の手を経由して食品が汚染される、いわゆる「二次汚染」のケースです。
特に注意が必要なのは、感染しても症状が出ない「不顕性感染者」の存在です。本人は元気でも、便などからウイルスが排出されているため、知らず知らずのうちに感染を広めてしまうリスクがあります。
「4」の食材経由の感染については、カキがノロウイルス食中毒の代表的な原因とされています。まず、ノロウイルスに感染した患者の便や嘔吐物に含まれるウイルスが下水に流され、川から海へと流れ込みます。カキは餌を摂るために海水を吸い込みますが、海水と一緒にノロウイルスを吸い込み、体内(中腸腺)に溜め込みます。このカキを生のままや加熱不十分の状態で食べることにより感染し、発症します。
なお、「1」接触感染、「2」飛沫感染、「5」水系感染は、食中毒ではなく感染症に分類されます。

3. 原因食品と臨床症状
2000年代当初は、カキを原因とする事例が大きな割合を占めていましたが、最近ではカキなどの二枚貝が原因になるのはわずか5%程度で、「食事は特定されたが、原因食品は不明」というケースが95%を占めています。これは、ノロウイルスに感染した調理従事者の手指を介して、調理済みの食品が二次汚染された事例で、特に加熱後の盛り付けなど、素手で触れる機会の多い食品が原因になります。嘔吐や下痢などの症状がない不顕性感染者や、発症前の潜伏期間中の従事者が感染源になるケースも多く発生しており、対策が非常に難しくなっています。
主な臨床症状は、突発的な吐き気、嘔吐、激しい下痢、腹痛と38℃程度の発熱です。潜伏期間は24時間から48時間です。通常1日から2日で症状は回復に向かいますが、乳幼児や高齢者、免疫不全者など抵抗力の弱い人では、脱水症状を起こし重症化することがあります。また、高齢者では吐物による窒息や誤嚥性肺炎が死亡の間接的な原因となる可能性があります。

感染者の糞便や吐物には、非常に高濃度のウイルスが含まれています。また、症状が治まった後もウイルスの排出は続き、発症者では3~4週間、時には数か月にわたって排出されることがあります。さらに、感染しても症状が出ない不顕性感染者も同様に長期間ウイルスを排出し続けることが確認されており、自覚なく集団食中毒発生の引き金となるリスクとなります。

4. 環境中での驚異的な「生存力」
ノロウイルスは環境中で非常に安定しており、感染力を長期間維持します。例えば、ステンレスの板の表面では70日間以上は生存します。また、凍結融解を繰り返してもその感染性は維持されます。ベリー類とか野菜などの食材の表面でも数週間は生存しますし、水の中では最長728日間生存します。
2026年2月には、施設のじゅうたんから検出されたウイルスが原因で、数日間にわたり宴会客が次々と発症した事例もありました。一度汚染が持ち込まれると、空気中や設備を介して長期的なリスクとなるのです。

5. 現場で徹底すべき「予防の3本柱」
ノロウイルス予防は、「手洗い」「加熱」「消毒」が基本です。
「手洗い」は最も簡単で、最も効果的な予防法です。アルコールが効きにくいノロウイルスでは、物理的に洗い流すことが重要です。調理の前、食事の前、トイレの後には、石けんを使い30秒間のもみ洗いと流水でのすすぎを2回繰り返すことで、手に付着したウイルスの残存を大幅に減少させることができます。
「加熱」は、食品中のウイルスを無力化するため確実な方法で、中心温度85℃から90℃で90秒以上加熱すると ノロウイルスは無力化されます。特にカキなどの二枚貝を調理する際には、見た目だけで判断せず、中心部までこの条件でしっかりと火を通すことを意識してください。
「消毒」は、環境中のノロウイルスを破壊して感染拡大を防止します。ただし、ノロウイルスの場合は、インフルエンザウイルスや新型コロナウイルスとは異なる性質を持っているため、注意が必要です。

ノロウイルスの不活化に有効な消毒剤は、次亜塩素酸ナトリウム(一般的に塩素系漂白剤)です。調理器具やドアノブなどの消毒には200 ppm、嘔吐物や糞便汚染の処理には1,000 ppmの濃度で使用します。インフルエンザウイルスや新型コロナウイルスの消毒で一般的に利用されるアルコールについては、ノロウイルスに対して効果が低い、あるいは無効という報告もあり、単独での効果は不十分である可能性があります。

6. 発生事例
令和8年2月24日に千葉市の飲食店(すし店)で、摂食者数17人、患者数16人のノロウイルス食中毒事件が発生しました。原因食品は「ランチセット(にぎり、巻物、漬物、みそ汁、湯葉豆腐)、馬刺し、生ガキなど」で、原因食品は特定されていません。原因物質はノロウイルスGIIで、調理従事者6人からノロウイルスが検出されました。
カキのノロウイルス汚染は季節によって大きく変動し、市中での患者数が増加する冬季(12月~2月)に、カキの汚染レベルもピークに達することから、この時期の生ガキの提供・摂取には大きなリスクが伴います。また、寿司や刺身は調理従事者の手が直接触れる非加熱料理であり、6人の調理従事者からの二次汚染も推察されます。

執筆者プロフィール
薬学博士 松浦壽喜(まつうらとしき)氏







