HACCP(ハサップ)とは?飲食店の衛生管理について詳しく解説
食品衛生法が改正され、すべての食品事業者にHACCP(ハサップ)に沿った衛生管理が義務化されました。これにより飲食店でも実施が求められています。しかし「HACCPとは何か」「具体的に何をすればいいのか」と疑問を持つ方も多いでしょう。
本記事では、HACCP(ハサップ)の基本概念から、飲食店での実践方法、導入メリットまで詳しく解説します。これからHACCPに取り組む方も、すでに導入している方も、より効果的な衛生管理の実現にお役立てください。
HACCP(ハサップ)とは何か?基本概念を解説
HACCP(Hazard Analysis and Critical Control Point)は、食品の製造から提供までの全工程で起こりうる危害を分析し、特に重要な工程を継続的に監視・記録する衛生管理手法です。日本語では「危害要因分析重要管理点」と訳されます。
この手法は1960年代にアメリカの宇宙食開発(アポロ計画)で誕生し、宇宙飛行士の食中毒を防ぐために考案されました。その後、世界中の食品産業に広がり、現在では国際的な食品安全管理の標準となっています。
従来の衛生管理とHACCPの違い
従来の衛生管理は、製品の抜き取り検査が中心でした。この方法では、検査していない製品に問題があっても発見できないというリスクがありました。一方、HACCPは全ての製造工程を対象に「予防」に重点を置いています。
HACCPは問題が発生してから対処するのではなく、問題が起こる前に予防する「先手を打つ」管理システム です。これにより、食品の安全性が大幅に向上し、食中毒や異物混入などのリスクを未然に防ぐことができます。
例えば、肉料理を提供する飲食店では、従来なら「見た目で火が通っているか判断」していたかもしれませんが、HACCPでは「中心温度75℃で1分以上加熱し、それを毎回測定・記録する」といった具体的な基準と手順を設けます。
日本におけるHACCPの義務化について
日本では2018年6月に食品衛生法が改正され、2020年6月から飲食店を含むすべての食品等事業者にHACCPに沿った衛生管理が求められています。経過措置1年間を経て2021年6月からいわゆる完全施行となっています。
HACCPに沿った衛生管理の区分
事業者の規模や業種によって適用される基準は次の2つに分かれています。
- HACCP に基づく衛生管理(大規模事業者向け)
- HACCP の考え方を取り入れた衛生管理(小規模事業者向け)
多くの飲食店は「HACCPの考え方を取り入れた衛生管理」が適用され、業界団体が作成した手引書やガイドラインに沿った対応が可能です。この区分により、小規模店舗でも無理なく導入できるよう配慮されています。
義務化の背景と目的
HACCP義務化の背景には、食のグローバル化や集団食中毒事件の発生、高齢化社会における食の安全確保の重要性の高まりがあります。また、輸出促進やインバウンド需要への対応といった経済的要因も関係しています。
義務化の最大の目的は、日本の食品安全レベルを国際水準に引き上げ、消費者の健康を守ることにあります 。結果として、食品関連事業者の信頼性向上や、食品輸出における国際競争力の強化にもつながります。
HACCP導入の7原則12手順
HACCPは国際的に認められた「7原則12手順」に基づいて導入・運用されます。この体系的アプローチが、HACCPの科学的根拠と効果を支えています。
7つの原則とは
HACCPの中核となる7つの原則は以下の通りです。
| 原則 | 内容 |
|---|---|
| 原則1 | 危害要因の分析 |
| 原則2 | 重要管理点(CCP)の決定 |
| 原則3 | 管理基準(CL)の設定 |
| 原則4 | モニタリング方法の設定 |
| 原則5 | 改善措置の設定 |
| 原則6 | 検証方法の設定 |
| 原則7 | 記録と保存方法の設定 |
例えば、危害要因分析(原則1)では、各工程で発生する可能性のある生物的・化学的・物理的危害を洗い出します。重要管理点(原則2)では、特に重点的に管理すべき工程(加熱、冷却など)を特定します。
12の手順
実際にHACCPを導入する際の12手順は、準備段階(手順1~5)と原則の適用(手順6~12)に分かれます。
- HACCPチームの編成
- 製品の説明書作成
- 意図する用途と対象消費者の特定
- 製造工程一覧図の作成
- 製造工程一覧図の現場確認
- 危害要因の分析(原則1)
- 重要管理点の決定(原則2)
- 管理基準の設定(原則3)
- モニタリング方法の設定(原則4)
- 改善措置の設定(原則5)
- 検証方法の設定(原則6)
- 記録と保存方法の設定(原則7)
これらの手順は一度実施して終わりではなく、定期的に見直しと改善を行うことが重要です 。実際の運用を通じて問題点を発見し、より効果的なシステムへと発展させていくことがHACCPの本質です。
飲食店でのHACCP導入実践ガイド
飲食店でHACCPを導入する際は、「HACCP導入の準備」「衛生管理計画の作成」「日常の実践と記録」という3つのステップで進めるとスムーズです。
HACCP導入の準備
まずは現状把握から始めましょう。提供しているメニューの一覧作成、調理工程の洗い出し、使用している設備・器具のリストアップなどを行います。
次に、店舗の衛生状態を客観的に確認します。厨房内の清掃状況、冷蔵庫・冷凍庫の温度管理、食材の保管状態などを点検します。この時点で改善できる基本的な問題は早めに対処しておきましょう。
スタッフ全員がHACCPの基本を理解することが成功の鍵です 。勉強会を開いたり、保健所や業界団体が提供している研修に参加するなど、チーム全体の知識レベルを上げることが重要です。
衛生管理計画の作成
飲食店向けの衛生管理計画には、一般衛生管理とHACCP管理の2つの要素が必要です。まず、一般衛生管理として以下の項目を整備します。
- 施設の衛生管理(清掃・洗浄・消毒方法)
- 従業員の健康管理・衛生教育
- 食材の受け入れ・保管ルール
- 器具・容器の洗浄・消毒・保管方法
- 廃棄物・排水管理
- 害虫・ねずみ対策
次に、HACCP管理として各メニューの調理工程ごとの危害分析を行い、重要管理点(CCP)を特定します。例えば、「鶏肉料理」であれば、「加熱工程で中心温度75℃1分以上」を重要管理点とし、その管理方法・記録方法を定めます。
日常の実践と記録
計画を作成したら、実際の日常業務に落とし込みます。定めた管理基準(温度・時間など)を毎日モニタリングし、記録表に残します。特に重要なのは記録の習慣化です。
記録表の例としては、以下のようなものがあります。
- 従業員健康チェック表
- 冷蔵庫・冷凍庫温度記録表
- 調理品の中心温度記録表
- 清掃・洗浄・消毒記録表
- 食材受け入れチェック表
問題が発生した場合は、定めた改善措置に従って対応し、その内容も記録します。例えば「加熱不足を発見→再加熱を実施→再測定で基準クリアを確認」といった流れです。
記録は単なる義務ではなく、自店の安全を証明する重要な証拠となります 。保健所の立入検査や、万が一食中毒などの問題が発生した際に、適切な衛生管理を行っていたことを示す資料となります。
HACCP導入のメリットと効果
HACCP導入は単なる法的義務の履行だけではなく、飲食店経営に様々なメリットをもたらします。長期的な視点で見ると、投資対効果の高い取り組みといえるでしょう。
食品安全と品質の向上
HACCPの最大のメリットは、食中毒や異物混入などの食品事故リスクを大幅に減らせることです。科学的根拠に基づいた予防的アプローチにより、問題が発生する前に対策を講じることができます。
また、一定の基準に従って調理することで、料理の品質が安定します。味やテクスチャーのバラつきが減少し、顧客満足度の向上につながります。
食品事故の予防は、顧客の健康を守るだけでなく、事業継続の観点からも極めて重要です 。一度食中毒が発生すると、休業命令や賠償金支払いだけでなく、信用失墜による長期的な顧客離れというダメージを受けることになります。
経営面でのメリット
業務の標準化により、従業員教育が効率化され、新人でも一定水準の衛生管理ができるようになります。また、作業の無駄を省き、効率的な運営につながることも多いです。
食材のロス削減にも効果があります。適切な温度管理や先入れ先出しの徹底により、食材の廃棄量が減少します。コスト面でもプラスの効果が期待できるのです。
さらに、「HACCP対応店」として積極的にアピールすることで、衛生面に敏感な顧客からの支持を得られ、差別化要因となることもあります。特に、高齢者や小さなお子様連れ、健康に配慮する顧客層に対して強いアピールポイントとなります。
HACCP導入の課題と対策
HACCPの導入には様々な課題が伴いますが、適切な対策を講じることで効果的に克服できます。特に小規模飲食店が直面しがちな問題と、その解決方法を見ていきましょう。
人員・時間・知識の不足
小規模店舗では、専任のHACCP担当者を置くことが難しく、忙しい営業の合間に衛生管理を行わなければならないという現実があります。また、専門知識がなければ、どこから手をつければよいのかわからないという声も少なくありません。
この課題に対しては、以下の対策が有効です。
- 業界団体が作成した手引書の活用(厚生労働省ウェブサイトで無料公開)
- 保健所が開催する講習会への参加
- 日々の業務に組み込みやすい簡易なチェックリストの作成
- 重要な作業のみに焦点を当てた効率的な管理体制の構築
最初から完璧を目指すのではなく、できることから少しずつ始め、徐々に改善していく姿勢が重要です 。小さな成功体験を積み重ねることで、チーム全体のモチベーションも維持できます。
記録作業の負担
HACCPでは日々の記録が不可欠ですが、この作業が大きな負担と感じる事業者も多いでしょう。特に手書きでの記録は時間がかかり、保管スペースも必要になります。
記録の負担を軽減するための対策としては、次のようなものがあります。
- タブレットやスマートフォンを活用したデジタル記録(専用アプリも多数登場)
- 複数のチェック項目を1枚にまとめた効率的な記録シートの作成
- 写真記録の活用(例:温度計の読み取り値を撮影)
- 作業と記録を同時に行える仕組みづくり(例:調理台近くに記録表を設置)
記録は単なる書類作成ではなく、安全確保のための重要な活動です。「なぜ記録が必要か」をスタッフ全員が理解することで、前向きに取り組む姿勢が生まれます。
飲食店での具体的な衛生管理ポイント
HACCP導入の具体的なポイントを、飲食店の業務フローに沿って解説します。各工程で何に気をつけるべきか、どのような対策が効果的かを見ていきましょう。
食材の受け入れと保管
安全な料理は、安全な食材から始まります。納品された食材の受け入れ時には、温度、鮮度、包装状態、消費期限などを確認します。特に生鮮食品は腐敗や変質のリスクが高いため、注意深くチェックが必要です。
確認のポイント例
- 冷蔵食品:10℃以下(生鮮魚介類、食肉は5℃以下が望ましい)
- 冷凍食品:-15℃以下(できれば-18℃以下)
- 包装の破れや汚れがないか
- 異臭や変色がないか
- 納品日・消費期限の確認
保管時には、交差汚染を防ぐために食材別の区分保管を徹底します。例えば、肉・魚・野菜それぞれ専用の容器に入れ、生と加熱済み食品を明確に分けて保管します。また、「先入れ先出し」のルールを守り、賞味期限の管理を徹底することも重要です。
食材の温度管理は食中毒予防の基本中の基本です 。冷蔵庫・冷凍庫の温度は毎日決まった時間に確認し、記録するようにしましょう。
調理工程の管理
調理工程では、特に「加熱」と「冷却」が重要な管理ポイントとなります。多くの食中毒菌は適切な加熱で死滅しますが、不十分だと残存するリスクがあります。
加熱調理の管理基準例
- 肉・魚料理の中心温度75℃で1分以上(または同等の加熱)
- 二枚貝(カキなど)は中心温度85℃で1分以上
- 卵料理は75℃以上(または黄身が固まる程度)
加熱後の冷却も迅速に行うことが重要です。食品の温度が危険温度帯(10℃~60℃)に長時間とどまると、細菌が増殖するリスクが高まります。30分以内に中心温度を20℃以下にし、2時間以内に10℃以下にすることが望ましいとされています。
また、生食用食材(サラダ野菜や刺身など)の扱いには特に注意が必要です。十分な洗浄・殺菌を行い、調理器具や手指からの二次汚染を防ぐことが重要です。
施設・設備の衛生管理
厨房内の施設・設備の清掃・消毒は、交差汚染防止の基本です。汚れた環境は細菌の温床となり、食材を汚染するリスクを高めます。
効果的な衛生管理のためには、以下のような「5S」の徹底が有効です。
- 整理(Seiri):不要な物を取り除く
- 整頓(Seiton):必要な物を使いやすく配置する
- 清掃(Seiso):汚れを取り除き清潔に保つ
- 清潔(Seiketsu):衛生状態を維持する
- 躾(Shitsuke):ルールを守る習慣をつける
特に調理器具(まな板、包丁など)は、用途別に色分けするなどして使い分けることが推奨されます。例えば、肉用(赤)、魚用(青)、野菜用(緑)といった具合です。
日常的な清掃に加えて、定期的な大掃除や設備点検を計画的に実施することが重要です 。換気扇や冷蔵庫の裏側など、普段手が届きにくい場所も忘れずに清掃しましょう。
まとめ
本記事では、HACCP(ハサップ)の基本概念から、飲食店での実践方法、導入メリットまで解説してきました。HACCPは単なる法的義務ではなく、食の安全を確保し、お客様の信頼を獲得するための有効なツールです。
- HACCPは食品安全のための予防的・科学的な衛生管理システム
- 日本では2020年6月から義務化され、すべての食品事業者が対象
- 重要なのは危害分析と重要管理点の設定、そして日々の記録
- 導入により食中毒リスク低減、業務効率化、顧客信頼獲得などのメリットがある
- 小規模店舗でも、できることから段階的に取り組むことが大切
HACCP導入は最初は負担に感じるかもしれませんが、長期的には必ず店舗の安全性と信頼性向上につながります。まずは自店の状況に合わせて、できることから始めてみましょう。保健所や業界団体の支援ツールも積極的に活用して、安全・安心な食の提供に取り組んでいきましょう。




